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天水炭坑 

さて、昨日の続きです(^^)


渋海川沿いにずっと行くと…

川と道が交差するところがあります。


川と道が交差。

そこに必要なもの…そう、橋です。

y200806293.jpg


あるんですね~

こんな所に立派な橋が。


その下には、

まさに清流と呼ぶに相応しい川が。

y200806291.jpg



足下を見ると…

y200806292.jpg


何だか分かりますか???


木の化石!


昔の人は、この木石を見て、知ったのでしょう。。。

橋の手前に「炭坑」です。

y200806295.jpg



入口は土砂や倒木で埋め立てられ、

中を覗いてみると、

半分ほど水没しています。

深さを窺い知ることはできません。


炭坑の手前を掘ると…

線路を発見!

y200806294.jpg


木の線路です。

炭坑から出た亜炭を、トロッコで運んだそうです。


帰って松之山町史で調べてみると…

昭和16年から27年頃まで、

亜炭を採掘していたそうです。

名前は「天水炭坑」。

戦時中の燃料が不足していた時期ですね。

しかし、こんな山深いところから、

よく採掘していたものです。


この後、更に奥まで登っていき、

深坂峠まで、あと100mというところで、

時間の都合で折り返しました。


この道、昔は深坂峠を通り、

信州まで通じていた道だそうです。

y200806296.jpg


ところどころ、往時を偲ばせる道が出てきます。


植物や生物には、

ほとんど興味のないオラですが、

なぜ、ここを通って信州までの道としたのか?

とか、

どういう人が、どんな時に通っていたのか?

とか、

想像を巡らせると、

なかなかに興味深い探検ツアーでした(^^)


場所は↓


大きな地図で見る

ですが…

山には危険が沢山潜んでいますので、

きちんとしたガイドがついていないと…です。



よろしくお願いいたします
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[2008/06/29 10:21] イベント | TB(0) | CM(5)

60年以上前

浦田の人は、7つでは今でも続く七つ参りに松芋神社まで、
12歳では、たぶんこの道を通って野沢の小菅神社まで
いって、お参りをしたそうです。
現在77か78歳の方が、最後だったといわれています。
[2008/06/30 12:33] - [ 編集 ]

あ・・・


また名前書くの忘れた・・・
[2008/06/30 12:34] みかねぇ [ 編集 ]

すごいですね~

野沢温泉まで!
何キロくらいあるんでしょうか?
アップダウンがあるからきつそうですね。
一日じゃ帰って来られないでしょうね。
昔の人は凄い!!!
[2008/06/30 19:44] 宿六 [ 編集 ]

ざっと

50キロぐらいでしょうか?
今の、普通の道で46キロぐらいでしたから・・・

昔の山留生が「俺も13歳だ!」と、言って歩きました。
そして、付き添った私も歩きました。
(30キロ地点で靴擦れにより途中棄権を余儀なくされましたが・・・)

1日で野沢まで歩き、一泊しましたが、
昔の人はどうしたのかなぁ???
「野宿」だったのかもしれない。

そういえば、この「挑戦」をするときに
裏のおじいちゃんと行き会って、
「野沢かぇ??半日で着くぞ。日帰りだろ?」
と、言われ二人で顔を見合わせました。
昔の人は強かった!!
[2008/07/01 12:24] みかねぇ [ 編集 ]

地図で見てみると…

直線距離で30km弱と行ったところでしょうか。
道は曲がりくねっていますからね~
50kmくらいはあるかもしれませんね(^_^;)
それを日帰りとは凄いことです!
きっと、朝4時とかに出発して、
暗くなる前に戻る…ていう感じでしょうね
[2008/07/03 18:29] 宿六 [ 編集 ]

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